雇用機会均等法20年

2006年5月19日 00時26分 | カテゴリー: 男女共同参画

実はまた個人的な話・・・

 男女雇用機会均等法が制定されてから今年で20年になりました。
 私が就職したのは1983年で「均等法以前」でしたが、就職したその職種では、幸いなことに性別による待遇の違いは感じたことがありませんでした。
 均等法直前、初の?就職氷河期と言われていた頃、4年生大学卒、それも文系出身で就職できる先はごくごく限られていました。当時は、40社まわって1つも内定をもらえない知り合いもいましたが、それも現在では「男女関係なく」当たり前になっていることでは、以前と比較すれば性別による差別が少なくなってきたといえましょう。

 私は、就職したばかりの22歳で結婚をしましたが、退職勧告はもちろんなく、結婚式での社長(それまで個人的に会った事もないのに何故?)は、”ご両親にお願いしたい、早く子どもを!とは言わないでください!。新人1人あたりの教育に会社がいくら投資しているかについて、どうぞご理解をいただきたい”との主旨の祝辞?で、今で言う「パワハラ」、なんとも複雑な思いをしました。私の個人的なことなど知る由もない社長の祝辞は、企業(当時は”日本”今は”N”がつく会社)の宣伝に終始するもので、「入社式かと思った」と友人に言われたほどでした。

 子どもができたときには、均等法制定からしばらく経っており、産前産後休暇は8週間でした。その後退職することになり、そのとき”退職しても復職できる”制度を作ってもらうことができました。しかし、”復職できる年限は30歳”となっており、30歳のときに日本にいなかった私は正社員にはなれませんでした。バブルの最終盤に帰国し、一時期フリーの立場でその会社で働いたこともありました。

 年齢別の女性労働力率(就業者と完全失業者の合計が人口に占める割合)のグラフを見ると、子育て期と言われる30代では職を離れる人が多く、いわゆる「M字型カーブ」があります。でも、ここ20年では、同じM字カーブでも、結婚はもちろん、子どもを産んでも働き続ける人が多くなり、かつ企業もその支援をするようになってきている中で、M字の底は20年前と比べると上がっていることは間違いないでしょう。
 しかしながら、同じ働く女性であっても「一般職」と「総合職」との間にあるさまざまな格差、正規社員とパート社員との年間賃金の格差、男性からの”逆差別”訴訟(事務職を希望したために派遣会社から解雇された)が起きるなど、性別を問わず、さまざまな状況が明らかになっています。

 男女共同参画に大事なのは、まずは個々人の意識だと思います。女性が「女だからいいの」男性が「男だからしっかりしなくては」などと考えていたのでは、本当の意味での共同参画などはありえません。でも、具体的にどうしたらそういった意識改革ができるのかについては大変難しい問題だと感じています。