大震災から考える

2011年5月29日 07時13分 | カテゴリー: まだまだ勉強

立教大学大学院公開講演会

雨の中でも大勢の出席者で室内は蒸し風呂状況
雨の中でも大勢の出席者で室内は蒸し風呂状況
 立教大学大学院主催の、震災と今後を考えるシンポジウムに出席しました。

 「シリーズ 3.11以後の日本と社会デザイン」の2回目で、「復興を考える前に」というテーマでした。
 1部は関西学院大学の室崎益輝教授による基調講演でしたが、”一概に高台への移転を進めるべきではない”という独自の理論を展開され、かなり刺激的でした。

 その理論は簡単に言うと、リスクの確率だとおっしゃいました。1000年に一度の津波で命を落とす確率と交通事故死するリスクは、明らかに交通事故が上回るとして、100年に一度くらいは家は流されるかも知れないけれど、命は守れるように、住み慣れた低地(海のそば)での生活を尊重すべきというものです。もちろんいざというときには逃げることが前提ですから、自力で逃げられない人たち住まいなどは高台へ、とのことでした。
 確かに猟師さんは海が見えるところでなければ仕事ができないでしょう。「避難タワー」という案?も提示されていましたが、どの程度の高さなら大丈夫かどうかは、おきてみなければわからなかったのが今回の震災でした。

 高台移転反対説は、すぐに全面的に納得するのは難しい印象ですが、「復興は被災者たちが自立して、自分たちがどういうまちを望むのか、ということに寄り添って進めるべき」とのお言葉には、まさに”そのとおり”だと感じました。被災者が元気にならないと正常な判断ができないのは当然のことで、まずは元気にするような施策が必要。ここを飛ばして、どんどん仮設住宅を建てるような支援では、結局は当事者の方たちにとって自分たちの街は戻ってこない。とこのような趣旨のお話をされました。

 そして「仮説市街地」のすすめをされました。”自律共生生活圏”ということばを使っていらっしゃいましたが、仮設住宅を作ってバラバラに生活するのではなく、市街地全体を別の場所に造り、住民たちが充分に論議を交わす場を作ることが何よりも必要、というご意見は至極もっともだと感じました。

 このシリーズの講演会は、まだ続いていきます。
 未曾有の震災の現状を見据え、今後の日本の社会のありかたを考えるために、ぜひ多くの方たちに聴きにきていただきたいと思いました。